朋遠方より来たり幸せを遺す

幸せですか、と尋ねられたらどう答えますか。
ぼくは、多分お茶を濁すような答をするでしょう。幸せの確信がないからというより、ほんとうのことに触れながら生きることができれば幸せでなくともいいと思っているから(そういう夫をもった妻は大変だなとは思いますが)。
先日ある友人がはるばる境港くんだりまで訪ねてきてくれました。その人はプロのドラマーで、ぼくが大学で初めて授業をした時の学生さんでもありました。勤勉ではないけど熱意のある学生さんで、そのころからプロのミュージシャンをめざしていて、そのために結局、大学にいる必要性を感じなくなってのでしょう、退学しました。その後きっちりプロになっているので大したものです。
その彼に、音楽と生活(お金)が結びついていろいろ大変だろうけど、と話を切り出したら、その先を続けるのを不可能にするように、笑みを湛えた真顔でスパンといいました。
「幸せですよ」
結婚式の演出とかでその言葉を聞く以外、日常会話でいともあっさりと、しかし確かにこの言葉を語る人には会ったことがないので、印象に残りました。幸せを求めて生活している多くの人にとって、これはきっとうらやましくなる発言でしょう。
彼が帰った翌日からのわが家では、ぼく以外の全員が、口を開けば「おねがああい、泣かないでえええ」という彼のバンドの歌が出てくる状態になっていました。そしてそのプロモーションビデオ「Standing There〜いま、そこに行くよ〜」を見ても彼は、笑みを湛えた抜群にいい表情をしていますし、夏のイベントでのライブ映像を見ても、絶えず笑いながらほんとうに楽しそうに演奏をしているのが、印象的です。それらは、先の発言がほんとうなんだなと納得させるに足るものでした。もちろん、そう見えるだけで、彼の内面がほんとうにそうなのかはわかりゃしませんけどね。
音楽の神が降り立つ経験というのか、音が光になるような忘我脱魂的な経験にも見舞われたようなので、これからも彼はずっと音楽を生きていくことでしょう。