天使インフルエンザ

インフルエンザにかかったおかげで、大変な時間を恵まれた。
何にもしなくていい時間。時間を気にせず、いつまでを気にせず、何時間だって何度だって寝ていい。ずっと寝てていい。娘のこじんまりした部屋に隔離されているので、人は寄りつかない。なのにご飯は運んでくれる。家事も育児も仕事も一切せず、布団の中にいられる。こんな状態は正月だってあり得ない。こんな休暇は望んだって得られない。インフルエンザの功徳と言うべきか。
実際、ほんとによく寝た。日頃の寝たい願望をここぞとばかり実現した。朝から咳が出たした日、しきりにエアコンは下半身には寒い、全く暖房向きではないとくどくど言ってたのは後から考えると悪寒という奴のようで、夕方には「ああ、風邪が入っちゃったなあ」と気づき、さっさと寝て週末で直そと思い、入りたくなかったけど、こどもたちに言われたとおりに40度の風呂に10分入り、その日開けたワインをあおってさっさと寝た。
しかし、翌日は熱が出だした。日曜だったので一日寝れば明日までには直るだろうと一日床に入る決心をして熱燗をあおった。熱は上がってるのか酔いでほてってるのかはじめはちょっとわからなかったけど、やがてどうもやばいなと思いだした。薬も飲んだし、暖かくもしてるけど、熱はどんどん上がるし明日まで直してやるっていう気合いは入らず明日までに直るに決まってるといういつもの自信もわかず、汗は出ないし体の節々の痛みや痺れはいつもの風邪とは違うという気がしてきた。意識ではまだインフルであることを認めはしない。診断が出るまではわからないことであり、月曜に勤務する可能性を残したいという意思が働くからだ。だるいんだけど、それでも一日床のなかってのはなんだかよかった。
明け方近くにやっと汗びっしょりで目が覚めた。よっしゃ、と思ったのに熱が下がっていない。これは・・・と思ったが、朝の汗で熱は下がった。朝一で検査をしてもらいに受診する。インフルエンザA がはっきりと出てるということだった。久しぶり。仕事柄、感染はしてても発症はしないという状態が何年も続いていたと推測される。気合いで発症させないとうそぶいていたので、今は気合いが足りなかったということになる。お疲れで体が弱っておられたのではないですかと看護師さんになぐさめられ、疲れがたまってる意識はないけどと思ったが、疲れってのはまあそんなものだろう。
で、3日の出勤停止を言い渡された。仕事に行かなきゃというあがきを封じられたら、それは休暇に変わる。そして、何もしなくていいを十分楽しんだ。
たしかに職場と連絡を取ったりペーパー一枚作ったりしたけど、その程度で切り上げた。どうせインフル休暇があけたら仕事は山積みになってるのは目に見えているが、そんなことはほぼ気にならず時を過ごせた。
好きなだけ午前中から寝た。読書もした。だれにも邪魔されない時間のなかで、時間を忘れて没頭した。明け方になってももう寝なきゃなどと思わずにすむ。人がまわりにいないので人を意識せずに話に入り込み、感情も流れ込んだ。堰を切ったように涙が出た。遠慮なく泣いた。あんなむせびかたするんだと思うような経験をした。そして本を読みながらあんなに泣き続けたことも初めてだと思う。インフルで「弱っている」がゆえに激しく響いたのかもしれない。しかしそんな読み方がふさわしい作品だったと思う。
天の恵みと言うべきか、天の使いのインフルエンザと言うべきか、思いもよらぬこの休暇。
社会関係のただ中に社会関係の空洞を作ってくれたインフルエンザ、家族関係のただ中に家族関係の空洞を作ってくれたインフルエンザ、インフルエンザありがとう。