曼珠沙華の味

JackSpirit2005-12-09

 何年か前、何があったか忘れたけど朝帰りをしたとき、京都西山の麓を登る家路で、たくさんの曼珠沙華に出くわした。ってことは秋のお彼岸の頃だったのだろう。朝の気持ちのよい空気が、彼岸花の鮮烈をさわやかに見せていた。ぼくは思わずそのうちの一つを手折った。手の中で折られた瞬間に、その花に対して、なぜかごめんなさいと胸中で言っていた。
 多分その頃読んだ華道の女性のエッセイがどこかに残っていたのだろう。その道の人なので花を切るというのは日常茶飯事であるはずだが、彼女の父親は彼女に「花を切るときはごめんなさいといいなさい」と言ったという。
 ごめんなさいと心で言って、次いでその言葉から導かれたように、茎の切り口に接吻した。心を行為によって表現したといえば、後からの説明が過ぎるかも知れない。なぜか、接吻するということが起こった。その刹那、「にがああああああ」。思わず声を上げるほど苦かった。
 朝の散歩をしていた近所の夫婦に、茎が口に触れて苦いと言うと、曼珠沙華は毒だという。毒だ、毒だ、と言う。その毒でどこがどれほどのことになるのかは、一切説明してくれない。なのに、致命傷になるといわんばかりの調子で、毒だと言う。今この口の中にある苦さが毒だと聞くと、急に気味が悪くなり、帰ってうがいをした。何度何度もした。けれど、苦さはなかなか抜けなかった。苦さが消えると共に毒のことも忘れてしまって、毒の効能については、今でもわからないままである。味は今もおぼえている。
 何のオチもない、たわいのないはなし。