リアルの境界・子どもの居場所

一番下の娘が、夜不意に泣きだした。
かわいそう。白い馬がかわいそう。
スーホの白い馬』という絵本の、あるページを見てのことだった。そのページには、スーホという主人公の愛する白い馬が、とのさまの家来たちに一斉に弓の的になっているページであった。

スーホの白い馬 (日本傑作絵本シリーズ)

スーホの白い馬 (日本傑作絵本シリーズ)

かわいそう。生きものを大事にしてない。そういって号泣している。大人から見れば絵本の一ページにすぎないものが、六歳の娘には全くリアルに深く刻まれているのだ。今この場で起こっている現実のように感受されて、どうしようもなくなって、「心が痛い」と泣いているのだ。
胸が苦しい。そう繰り返し言って、泣き方は号泣になっていく。顔を泣きぬれて崩れるばかり。胸が苦しい。どうしようもない。かわいそう。
絵本の馬をなでながら泣き崩れている。どうしていいかわからず、どうかしなければいけないということでもなさそうに思い、でもとにかく号泣するのをよしよしといいながら、、物語の結末を読み進めることにした。しかし、馬頭琴という楽器になったということは、やはり彼女の涙を止めるものにはならなかった。『スーホの白い馬』は名作中の名作で、私もかなり胸をつかれたが、これほどまでではなかった。感受性の触発されるもとになる、リアルの境界の広さ高さ薄さ等に関わるのであろう。