現実の豊かさ

川底に蝌蚪(かと)の大国ありにけり   村上鬼城
蝌蚪とはおたまじゃくしのことであるが、それはすぐ蛙になると思っていた。
旧境港水産高校近辺の田んぼや側溝でおたまじゃくしとりをしていると、相当大きいものもいて、われわれが姿を見せるとすっと底の方に潜っていってしまう。そんな大物は越冬すると聞いた。一年以上おたまじゃくしでいる期間があると知って、一気に「蝌蚪の大国」がリアルになった。
人間には見えない川の底に、おたまじゃくしだけが住んでいる世界がある。それを「大国」というあたり、人間の意識の及ばない世界の茫漠たる大きさがしのばれる。
大きさや深さは多様性を許す。川底に蝌蚪の国というだけでない。足もとのひとつまみの土には十億の微生物がいるらしい。この世界には、土の中に菌類の国、深海魚の国、はたまたトロールや妖怪の国、神や仏の国まであるのである。多様な世界が相互に重なり合っているというのが、現実の世界というものなのだ。