苦しみの中の

咳き込めば我火の玉のごとくなり 川端茅舎
風邪の季節になった。風邪はかまわないのだが、風邪に対する世の中の反応がしんどい。体が病気に対応しているプロセスを感じながら見守りながら横たわっているのはおもしろいことだ。熱の上がる感じ、全身のだるさ,重くなったり高揚したりする体を感じる楽しみを、しかし、薬は奪ってしまう。
咳き込むしんどさは誰も知っている。ただ、体の内側からの声を聞くなら、事態は変わって来る。
「火の玉」というのだから、相当ひどい、過酷な咳なのだろう。そういう病状を、どう受け止められるか。苦から逃げようとすると却って苦しくなる。苦しさを受け容れようとするところに、苦しみを越える道がある。我が余すところなく火の玉となるほど受容された苦しみが、言葉となり、句となった時、苦の中にあって苦から一歩抜け出ている。