死神布団

死神を蹶(け)る力無き布団かな 高浜虚子
冬の朝は布団から出難くいつまでもぬくぬくしていたいという句であるなら誰もが共感できるのだが、それなら死神とは言うまい。
蹴り上げることができないほど居心地がよいというのではなく、布団のように死神が張り付いて覆いかぶさっているというのだから壮絶である。布団と死神が二重写しになるというのはめずらしい。しかし、金縛りのように身動きがとれないほどの病におかされているのであるなら、布団はとてつもなく重く、自分の無力さを思い知らせるものに化しているのであろう。
蹴る力、すなわち筋運動としての出力はなくなり、感覚としての入力は残る。その間われわれは動けない無力さと共に死神を見続けなければならないのかもしれない。心地よいものの代名詞である布団はいつか、だれにとっても、死の床になる。眠るというのは死ぬことであると古人は言ったのである。