「吾輩は猫」の居るところ

吾輩は猫である改版 (岩波文庫) [ 夏目漱石 ]
吾輩は猫である。名前はまだない。」これほど有名な書き出しをもった小説も稀であろう。
名前がないということは、「猫」一般であって、あの猫その猫であって、この猫という特異性を持たないということである。名前がはりめぐっている人間世界に居場所がないということである。個体性がないということである。
「名前はまだない」、つまり人間世界に定位置を持たないまま、持たないが故に、人間世界を出入りし通過し洞見し語ることができたのであろう。
そして、名を持たないまま死んだ。名なき猫は名なきままに、この世に意味づけられないまま、この世から消えた。そうなりそうなところ、最後の最後で究極の名を得た。この世の中での名ではなく、永遠の層における名を。
吾輩は猫である。名前はまだない。」で始まった小説は「南無阿弥陀仏」で結ばれている。