歌コミュニケーション

境港市で「みんなで歌おう思い出の歌」というコンサートがある。ありきたりで喚起力のない名前だと思っていたら、その思いは嬉しく覆された。
老若男女、色々な合唱団が次々にステージに立って発表する。ところがこのコンサート、お客さんはただ聴くだけでなく一緒に歌えるのだ。文字通り「みんなで歌おう」なのである。歌が、ステージから客席へと一方向に流れるのでなく、客席からも流れる。いや、むしろ、ホール全体から歌声が起こる。歌が双方向、つまりコミュニケーションとなっているのだ。コンサートはいい音楽を聴かせてもらうものではあるが、とかく、観客は椅子に張り付け、それがための疲労感を伴なうことがままある。
歌えない歌が多ければタイクツだしつまらん。つまらんと思ってしまうひとがつまらん。ナツメロと片付けてしまうにはもったいない、いい歌がある。改めて聞くと歌詞も吃驚するようなことを歌ってたりする。歌が世代を超えて歌われて、歌うことで共通の何か(関心、時、思い)が得られるなら、素敵なことだ。このコンサートに来て歌えないことは、残念だ。
歌を歌うことは身心を健やかにする。だからカラオケという文化も結構であるが、ただ、それは大勢で行くにもかかわらず、自分に閉じてしまい、歌によるコミュニケーションは起こりにくい。さらに、合唱という、たくさんの声が一つの歌声をなすという喜びは、カラオケの知らないところであろう。